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2008年6月

三連覇!!

ナーランダコレッジが昨年2連覇に続き、今年のU-15も優勝!!

見事3連覇を果たした。

この年代の最強チームと言っても過言はない。

もちろん他チームにもいい選手が沢山いる。

しかし、ナーランダは全ての選手が洗練されていて、他チームが付け入る隙がなかった。

それにしても将来が楽しみな今U-15の選手達。

間違いなくスリランカの松坂世代だと思う。

そのくらい、他の年代と比べて能力が高いのだ。

将来が楽しみだ!!!

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U-15

6月7日から今日6月9日までU-15の大会がアヌラーダプラで行われています。

自分は事情があって7日のみ大会に足を運びました。

アヌラーダプラといえば、今は帰国したてつさんが作ったセイント・ジョセフという学校の野球部。

てつさんが帰国してからはコーチが誰もいませんでした。

さて、チームはどうしていたかというと・・・子供達だけで練習をしていたそうです!

スリランカではありえない!!

初めてそんなチーム見つけました。

この子達は本当に逞しい、そう感じずにはいれませんでした。

それにしても課題に残るのはコーチ。

いくつかのチームはコーチがいないので、活動がストップしています。

残り10ヶ月でこの課題をクリアしなければ・・・・

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進化する佐久コスモスターズ

「後悔」

生まれてきて後悔を一度もしたことがないなんて決して言えない。

日本でやり残したこと沢山ある。

しかし、大切なのは後悔をした後にどうするかということだ。

後悔をして、次は満足できるようににそれを生かすなら、それは意味があった後悔。

佐久コスモスターズ。

地元にある社会人硬式野球クラブチーム。

俺が所属しているクラブチームである。

コスモスターズに入団したのは大学四年生の秋。

地元小諸市に近い佐久市にクラブチームが設立されるという噂を聞き、元ヤクルトスワローズの野中徹博選手が監督をするというのと、市民のための球団ということに魅力を感じセレクションに応募した。

今でもセレクションの日を鮮明に覚えている。

まずは遠投や50メートル走の測定。

その後シートバッティングでのピッチングテスト。

コスモスターズの選手を相手に約1時間近く投げ続けた。

その後、面接。

面接では自分が一年で青年海外協力隊でスリランカに行くこともしっかりと伝えた上で全て正直に話した。

結果は合格。

ものすごく嬉しかったのを覚えている。

野球ができる喜び。

多くの人達が社会に出るにつれて諦めていく野球の夢をまだ持ち続けることができる、それも同じ夢を持った仲間と夢に挑戦できることに胸を躍らせた。

大学で野球を終わらせたくなかった俺は野球をする場を、コスモスターズに与えてもらったのである。

その上に公式戦三度の先発。

しかし、それにもかかわらず、練習にもあまり参加できず、結果も残せず、恩返しもできずにスリランカに来てしまった。

しかし、俺の時は止まったままなのに、コスモスターズは常に進化し続けているように感じる。

設立してから4年目。

4年の間に当然選手の出入りもある。

悔しい思いをしたこともある。

喜びを分かち合ったこともある。

4年という月日は決して長い月日ではないけど、決して中身のない月日ではない。

日々コスモスターズは進化し続けているのである。

そのコスモスターズが3年目の都市対抗予選に望む。

遠く離れたスリランカにいる自分も同じ気持ちでいたい。

一緒に戦いたい!!

コスモスターズの活躍をスリランカで聞くと、大きな刺激を受け、やる気が出てくる。

帰ったら、置いてかれないように、一緒に戦えるように自分も今できることをする。

次は後悔でなく満足できるように、恩返しできるように。

スリランカに来て自分を見つめ、そう思う。

コスモスターズの皆さん、都市対抗予選、スリランカから精一杯健闘を祈ります!!!!

がんばれ!!!!!!!

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6月3日

ボン!!!!って音で目が覚め、危うく遅刻の危機を免れた。
その音は来て間もない頃、夜中に飛んだ対空砲、アンチクラフトと呼ばれるミサイルの爆音に似ていたので、もしかしたらと思った通り、爆弾だった。
しかも爆発したのはデヒワラという少し離れたところで、まさか俺の住んでるナーワラまで聞こえてくるとは思わなかったから、本当に家の近くでとうとうテロがあったのかと思ったほどだった。
今回は一人も死者が出ず大事には至らなかったみたいだ。
最近頻繁にテロが起こる。
というのは政府が徐々にLTTE地域に進出し制圧してるのだが、民間人の犠牲が出ているらしい。
その報復に、LTTEはスリランカ市民をターゲットとしたテロを起こしている。
無差別のテロが一番恐い。
だから最近はバスには乗らず、スリーウィルで移動。
命よりも大事なものなんてこの世にいくつあるだろうか?
気をつけなければならない。


活動の話。
最近は自分でも思うくらい鬼コーチと化している。
毎日怒鳴っているし、厳しく練習している。
ダメなら走らせたり、時には突き飛ばす勢いで迫ったり。時には実際に突き飛ばすけど。
ダメなものはダメって教えることが大事だと思うから。
面倒だから言わない、嫌われたくないから言わないじゃだめなんだ。
徐々に日本に帰るモードになっているのかも。
最初はこっちの子供達と和気藹々と練習したり、野球普及に努めようと思っていけど、厳しく、常に上を目指して野球を教える、それが性に合っているみたいだ。
もちろん俺がスリランカの選手達に望むのは更なるレベルアップ!!
熱がこもる!!
この子達がいつか大きくなった時、「シンヤは厳しかったけど、そのお陰で野球が上手くなった!」と言ってもらえれば本望だ。
日本にいた時に中々できなかったこと、ここに来て学んだ気がする。
これはきっと日本に帰った時に、もし指導者になったら生きるだろう。

そう、人間いつかわかる時が来るんだ。
その時は嫌で嫌で仕方なくても、成長した時に受け入れることができる。理解することができる。懐かしいと感じることができる。

俺の高校の監督は鬼だった。
さすが甲子園に連れて行ったことがあるだけあって、すごく厳しくて恐かった。
最初の一年は恐怖だった。
二年目も恐怖だった。
叱られるのが日課だった。
でも上手くなった。
野球が好きになった。
野球に自信がある自分がいた。
三年目、監督を父親のように慕っている自分がいた。
野球に夢中になっている自分がいた。
もちろん緊張感はあったけど。

その監督は今でも俺の第二の親父だと思ってる。
今でもここから手紙を書くし、日本にいる時はよく会いに行った。
今でもチームメイトが「まだ恐い」とよく言うけど、もちろん俺にも会ったときの緊張感は未だにあるけど、俺にとっては最高の恩師であり、監督であり、第二の親父だ。
そんなことを思った一日だった。

3,4日降り続いた雨は止んで今日はいい天気だった。
一日中子供達と野球をやって、日に焼けた自分がいる。
日本に帰った時、あの頃は黒かったって思い出す日が来るのかな。。。。

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