« 最近 | トップページ | 進化する佐久コスモスターズ »

6月3日

ボン!!!!って音で目が覚め、危うく遅刻の危機を免れた。
その音は来て間もない頃、夜中に飛んだ対空砲、アンチクラフトと呼ばれるミサイルの爆音に似ていたので、もしかしたらと思った通り、爆弾だった。
しかも爆発したのはデヒワラという少し離れたところで、まさか俺の住んでるナーワラまで聞こえてくるとは思わなかったから、本当に家の近くでとうとうテロがあったのかと思ったほどだった。
今回は一人も死者が出ず大事には至らなかったみたいだ。
最近頻繁にテロが起こる。
というのは政府が徐々にLTTE地域に進出し制圧してるのだが、民間人の犠牲が出ているらしい。
その報復に、LTTEはスリランカ市民をターゲットとしたテロを起こしている。
無差別のテロが一番恐い。
だから最近はバスには乗らず、スリーウィルで移動。
命よりも大事なものなんてこの世にいくつあるだろうか?
気をつけなければならない。


活動の話。
最近は自分でも思うくらい鬼コーチと化している。
毎日怒鳴っているし、厳しく練習している。
ダメなら走らせたり、時には突き飛ばす勢いで迫ったり。時には実際に突き飛ばすけど。
ダメなものはダメって教えることが大事だと思うから。
面倒だから言わない、嫌われたくないから言わないじゃだめなんだ。
徐々に日本に帰るモードになっているのかも。
最初はこっちの子供達と和気藹々と練習したり、野球普及に努めようと思っていけど、厳しく、常に上を目指して野球を教える、それが性に合っているみたいだ。
もちろん俺がスリランカの選手達に望むのは更なるレベルアップ!!
熱がこもる!!
この子達がいつか大きくなった時、「シンヤは厳しかったけど、そのお陰で野球が上手くなった!」と言ってもらえれば本望だ。
日本にいた時に中々できなかったこと、ここに来て学んだ気がする。
これはきっと日本に帰った時に、もし指導者になったら生きるだろう。

そう、人間いつかわかる時が来るんだ。
その時は嫌で嫌で仕方なくても、成長した時に受け入れることができる。理解することができる。懐かしいと感じることができる。

俺の高校の監督は鬼だった。
さすが甲子園に連れて行ったことがあるだけあって、すごく厳しくて恐かった。
最初の一年は恐怖だった。
二年目も恐怖だった。
叱られるのが日課だった。
でも上手くなった。
野球が好きになった。
野球に自信がある自分がいた。
三年目、監督を父親のように慕っている自分がいた。
野球に夢中になっている自分がいた。
もちろん緊張感はあったけど。

その監督は今でも俺の第二の親父だと思ってる。
今でもここから手紙を書くし、日本にいる時はよく会いに行った。
今でもチームメイトが「まだ恐い」とよく言うけど、もちろん俺にも会ったときの緊張感は未だにあるけど、俺にとっては最高の恩師であり、監督であり、第二の親父だ。
そんなことを思った一日だった。

3,4日降り続いた雨は止んで今日はいい天気だった。
一日中子供達と野球をやって、日に焼けた自分がいる。
日本に帰った時、あの頃は黒かったって思い出す日が来るのかな。。。。

|

« 最近 | トップページ | 進化する佐久コスモスターズ »

JOCV青年海外協力隊」カテゴリの記事

コメント

小さな子供が大人の気持ちを理解するのは難しいこと。言葉で「何故厳しく指導をするのか」を説明してあげなきゃだめだぞ~。あと、グラウンドの外では目いっぱい優しくしてあげなきゃな!野球は楽しいものだということを感じさせてあげな!漆ならできる!

投稿: ヒロキング | 2008年6月 5日 (木) 10時54分

そうですね!!
子供の目線で見れなきゃって思います。
説明不足はしっかりと補わなきゃですね!!

今日もそれを考えて指導してきます!!!

投稿: URUSIX | 2008年6月 5日 (木) 12時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 最近 | トップページ | 進化する佐久コスモスターズ »