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2008年2月

涙の雨

マリンダの故郷はコロンボのボレッラ。
しかし今回行われた葬儀はマータラ。
ゴールから約1時間半のところだ。

マータラは奥さんの実家で、そこで葬儀が行われていた。

朝7時に一日チャーターしたハイヤーに乗る。
JICAのバス、鉄道での移動禁止令がとけていないためだ。
そしてゴールで野球メンバーを合流し、マータラへ。

マータラの家に着くと、すぐにマリンダの遺体のあるところへ。
やはりキレイな顔だった。

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奥さんに会った。
初めてである。
マリンダの一人娘もいた。
まだ1歳になったばかり。

二人とも写真で見たことあったから、すぐにわかった。
赤ちゃんの顔はマリンダにそっくり。
今は父親が亡くなったことを理解していない。
あどけない笑顔で笑っていた。
思わず涙が溢れてきた。

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マリンダの奥さんと色々な話をした。
生前マリンダが俺について奥さんによく話していたこと。
本当に野球が大好きだったこと。
赤ちゃんがマリンダのことを本当に大好きだったこと。
マリンダも自分の娘を本当に愛していたこと。

涙無くしては語れなかった・・・

マリンダと約束していたことがあった。
それを思い出した。
それは赤ちゃんに日本のプレゼントをあげること。

母親に頼んで日本から赤ちゃんのためのおもちゃを3ヶ月前くらいから送ってもらってあったが、なかなか渡せずにいた。
そのことを思い出したので、葬儀に向かうときに持っていき、マリンダの写真と一緒に渡した。
生きているときに渡したかった・・・・

全ての人たちが悲しみに包まれていた。
全ての人たちが・・・・

突然の大雨。
最近は全く無かった雨。
まるでマリンダの死を天も悲しんでるかのような、涙のような雨だった。
雨に打たれながら、マリンダの棺は土の中へ運ばれた。
マリンダ、安らかに眠れ・・・・
涙で前が見えなかった。

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消えた笑顔

2月6日

本当にテロにあったとは思えないほど、きれいだった。

きれいな顔で横たわっていた。

今にも動き出しそうなくらい。

まるでロウ人形でできてるかのようだった。

6日はコロンボ出身者の葬儀に参列した。

全部で5人。

中には赴任した当初から一緒に野球をしてきた生徒もいた。

スプンとい17歳の教え子がいた。

彼もまた、今回の犠牲者だ。

ポジションは主にピッチャー。

左投げで体格もよく、U-17のキャプテンを務めていた。

彼は礼儀もしっかりとしていて、いつも俺に対して気を遣ってくれていたし、尊敬してくれていたのがわかった。

話をするときの笑顔は今でも覚えている。

彼の家に着いたとき、彼もきれいな顔で横たわっていた。

スプンが眠っている前で呆然と立ち尽くしていると、彼との練習の思い出が走馬燈のように蘇ってきた。

こんなに幼い顔をしていたんだな・・・ しばらくすると、彼の両親が俺の近くにやってきて尋ねた。

「あなたが日本からきたコーチの方ですか?」

『はい。そうです。』

二人が急に泣き出しこう言った。

「息子がいつも楽しそうにあなたのことを話していました。あなたのことを本当に愛していると言っていました。」

思わず涙が溢れてきた。

そして何にも言葉が出てこなかった、何にも・・・

両親の方にかけることばが見つからなかった。

ただただ涙を流すばかりだった・・・

俺にできたのはスプンのお父さんの手を握り泣くことだった。。。。

スプンは1人息子。

両親の悲しみは誰の悲しみよりも深い・・・

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※写真1 後ろの列。真ん中に座っている体格のいいがスプン。 

 写真2 後ろの列。亡くなった2人。左にいるのがビムッティ。真ん中がスプン。 

 写真3 亡くなった8人。

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全ての人に伝えたい

俺は今も忘れられない・・・・

人間の運命は決まっているのか? それとも全てが偶然なのか?

人間には死が必ず訪れる。

それは全ての人に平等である。

でもいつ訪れるか、どうやって訪れるかは平等じゃない・・・

2月3日日曜日、スリランカのコロンボにあるフォートで自爆テロが起こった。

死者12人、負傷者120人。

中規模の爆発である。

2月4日のスリランカ独立記念日が近づくにつれ、テロが相次いでいた。

2日にダンブッラでバスを狙った爆弾テロ。

20名死亡。

3日の朝、デヒワラで爆弾テロ3名負傷。

続いて同日コロンボフォートでの自爆テロ。 翌日ガルキッサ、モラトゥワ、アヌラーダプラ、ブッタラでの爆弾テロ。

JICAは危険を予測し、コロンボへの移動禁止。

バス、鉄道での移動禁止令を発動。

俺はキャンディでのクラブ選手権のため、バンをチャーターして移動し、キャンディに滞在していた。

2日のダンブッラでの爆破事件をSMSで知り、「また爆弾テロか・・・」と思いながらも、1日目の活動を無事終了。

この日参加していたチームは全部で9つ。

しかし、Old AnandaはU-18の選手の親達がダンブッラの爆弾テロにより心配になりコロンボに帰らせるように抗議したためAnandaは一日目に棄権しその日にコロンボに帰っていった。

またDSというチームは11人いるメンバーのうち3人が3日に学校のテストがあるということで2日にコロンボに帰ることに。

残りの8人は2日に残り、3日に帰ることを決めた。

これを知ったのは3日の朝だが・・・

3日朝、いつものように会場のペラデニヤキャンパスに向かう。

そこの食堂で朝ごはんを食べていると、DSのコーチのマリンダがやってきた。

「サー、昨日3人が帰ってしまい、今日は8人しかいません。だから試合はできません。どうしましょうか?」

『8人じゃ試合はできないな・・・。何で帰っちゃったの?』

「テストがあるらしいんです。試合は無理ですよね。じゃあ、自分だけ残って他のメンバーだけ帰します。」

『わかった。』

メンバーの中には17歳の選手、つまりまだ未成年がいるため、マリンダが残って彼らだけ帰すってことに親が納得してくれるのかな? と思いながらも彼の決断に納得。

心なしかマリンダが元気なさそうに見えた。

このマリンダというコーチ、俺が活動を始めてからよく助けてくれて、しかも俺のことを尊敬してくれる。

スリランカにいる数少ない野球に人生をかけて、一生懸命発展させようとしてくれている人物である。

前のU-13大会を日記書いたが、その時にぶつかったりもしたけど、本当に大親友である。

彼のお陰でここまでやってこれたことも沢山ある。

以前彼にカメラを貸したことがあり、その時撮った写真を欲しいと言ったので、CD-Rに入れて2日に渡したりもした。

そして、3日目の試合が始まった。

DSが棄権したことにより、少しの試合の日程の変化があったが問題なく進んでいた。

そして朝の9時頃、マリンダから電話が入る。

「サー、やっぱり小さい子供もいるので付き添って帰ることにしました。」

『そっか。それがいいかもな。気をつけて帰れよ。』

「サーに渡したいものがあるんだ。ナイナンかラナシンガに渡しておくから受け取ってください。」 『わかった。何を渡してくれるの?』

「アンダーシャツ4枚です。」

『え?俺に?なんで?』

「プレゼントだから受け取ってください。」

『ありがとう。』

プレゼントなんて普段はありえない。

特別な日でもないし、アンダーシャツならランカ人にとってのどから手が出るほど欲しいものなのにどうして・・・・?

思えばこのときからいつもと違ってた・・・・

マリンダ達は鉄道で帰っていった。

その後、試合を見ている最中にナイナンがやってきて、俺にマリンダからの荷物を渡してくれた。

確かにアンダーシャツ4着である。

ミズノのアンダーシャツ。

とりあえずバッグにしまいこみ、すっかり試合に夢中になってそのことは忘れていた。

午後になってコロンボで2時頃爆弾テロがあったというSMSを見て、恐いなと思っていたがColombo大学対Mahindaという両者共に力のあるチームの試合に夢中になってすぐ忘れた。

その試合が始まった頃、Maroonsというチームが全試合を終えたのでコロンボに鉄道で帰るという。

Maroonsのコーチ、ディネッシュが駅に向かう前に俺と話をしに来て、またコロンボで会うことを約束し、駅へ向かう。

それが3時半くらいだったと思う。

それから30分くらい経ったろうか・・・ ディネッシュから電話が入る。

「Mr.Shinya、さっきイシャンから電話があって聞いたんだけど、自爆テロがフォートであったでしょ?その後の駅の様子がテレビで映されてたんだけど、バットやキャッチャー道具が転がってたらしい!! あの時間帯にはマリンダ達が乗っていたはずだ!! だからマリンダの電話に電話してみたんだけど、マリンダじゃなくて警察が出たんだ。 俺がマリンダはどうしたって聞いても警察は何も教えてくれず、とりあえず来いとだけ言うんだ。心配だからみんなに話してくれ!!今からグラウンドに戻るから!!!」

背筋がぞっとした。

そして試合を中断し関係者で安否確認をする。

コロンボにいた野球関係者には病院や、現場に行ってもらい確認を頼んだ。

そしてしばらく、色々な人々に電話をして聞いていたがマリンダの叔父が警察であることを思い出し、電話をした。

そして・・・彼の死を知った。

まさか、嘘だろ!?

そんな思いと恐怖と、怒りが入り混じって、やりきれない思いだった。

俺はナシャナルコーチだから泣くわけにはいかない。

必死で涙をこらえた。

徐々に詳細がわかり、その時は2人が重態、6人が死亡した。

そして翌日重態の2人も死亡し、8人全員がテロにより亡くなった。

今まではテロを身近に感じることが正直なかった。

他人事だった。

でも今回の件はあまりにも衝撃的で、親友を失ったことは本当に辛くて悲しくて。。。。

ホテルの部屋で泣いた。

何であの時帰るのを止めなかったのだろう?

何でもっと話をしなかったのだろう?

何でアンダーシャツをもらった時にもっとおかしいと思わなかったのだろう?

何で、何で・・・・

今日知ったことだが、自爆テロをした犯人はまだ20歳の女性だったという。

新聞で自爆テロ後、駅に転がっていた彼女の頭の写真を見た。

なんとも言えない思いだった。

この国は戦争をしている。

そして多くの市民が犠牲になっている。

戦争で解決できるもの何一つ無い。

深い傷を残すだけだ。

人間はいつ学ぶんだろう?

そしていつ戦争が無くなるんだろう。

戦争をするのは人間だけ。

正義を仮面に戦争をしている人間の本性は悪、そして憎しみだ。

報復に報復、そして報復。

終わりの見えない螺旋は続いていく。

俺はマリンダの笑顔とあの声が忘れられない・・・

今も俺の前で微笑んで話しかけてくる。

マリンダと話したあの日々が、亡くなった今、おまりにも重過ぎる。

明日普通に会えるような気がいまだにするんだ。。。。

これを見ている親友達にお願いしたい。

危険だと思ったら絶対にそのリスクを避けて欲しい。

どんな小さな異変も見逃さないで欲しい。

死ぬのは恐くない、そう思うことが勇敢だと思えない。

俺はもう仲間を失いたくないんだ。

だからお願い。

無事で生きて欲しい。

※マリンダの写真を載せます。

8人のご冥福を祈ります。

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